司影
「……やっこさんも俺がここに来るのを待ってたか……!」
悔しげにほぞを噛む。
考えてみればそうだ。自分は高校に通っているのだから、時間帯はともかく、必ずここを訪れる。そんな絶好の場所に『結界』を使うのは当たり前だ。
「相手もそれなりの準備はある、と見ていいな」
恐らく、これは自身の魔力を高める『固有結界』だ。その中で魔術の使えぬ自分が戦う……かなりマズイ。
「逃げるが勝ちって言うが、逃がしてくれるとも思えねえし……異常に気付いて、瑞樹が来てくれるのを期待するしかないとはね」
……我ながら不甲斐ない。
「内なる流れよ、熱く昂ぶれ。眠れる血潮は我が力を覚醒せん」
自身の魔力を目覚めさせると、昇は詠唱に込められた魔術方程式を起こす。指先と足元から淡い輝きを灯されると、薄い光の膜が彼の全身を覆う。
五感を研ぎ澄ます昇だが、その視界に一つの影があった。
小柄な体型に黒っぽい服装。容姿はわからないが、そのナイフの輝きが視線を釘付けにする。昇が左手の手袋を外してポケットにしまうと同時に相手が打って出る。
足音もなく駆け出した相手は。
「っ! なっ!」
消えた! いや、違う!
残影は圧倒的な瞬発力と速力をもって、壁伝いに天井を駆けて来たのだ。相手の姿を視界から外された昇が、再度上方に眼を向けた時にはすでにナイフの輝きが眼前に迫っていた。首を捻り、顔に奔った突きをかろうじて回避。頬の肉を抉っていくと、ナイフが神速をもって昇の首目掛けて横に払われる。
昇は腰を落とし、そのまま下半身のバネを使って退避。
そこで昇はやっと対峙した相手の姿を刻銘に捉えた。
右頬に刻まれた傷を服の袖で拭いつつ、
「……ジーザス、とでも言えばいいのか」
余裕ぶった昇の口調だか、内容に反して声は枯れている。それほど衝撃的な相手だった。
「……なあ、司影」
学生服ではなく、闇よりなお濃い漆黒の衣服に身を包み、別人のような笑みでくすりとそれは嗤った。