赤い光
猫科のような獰猛じみた笑みを浮かべ、身体能力を強化した『死影』が疾走する。昇の服を掠めながら、繰り出される突きは飛躍的に速度を増していく。刻印を警戒してか、相手には毛ほども攻撃放出系の魔術を使う気はないようだ。
息つく間もなく、接近した死影が頚動脈にナイフを一閃。
昇は上体をスゥエーバックし、薄皮一枚切らせる事でどうにかナイフをよける。だがそれも束の間、ナイフが瞬時に切り返り、再び斬撃が放たれる。ビリッ、と衣服を彼女の刃が切り裂いていく。
突きで彼女の体が伸びきった隙に一旦距離を取る。
「……随分余裕じゃない、笑ってるなんて」
昇は即座に上着を素早く脱ぐとそれを右腕に巻きつける。
「いや、なに。お前を叩き出せば司影が戻って来るってわかったからな。余裕って言うよりは、ご機嫌なのかな?」
挑発的な昇の台詞。それに死影はフン、と鼻を鳴らし、
「右腕を犠牲にしてナイフを取ろうっての? 涙ぐましい努力ね」
嫌悪を言葉に滲ませる。
「じゃあ、こんなのはどう?」
そう言うと彼女は右手に持つナイフで宙に弧を描く。その中心に浮かび上がったのは魔法円。
「怨嗟の雄叫びを伴え、我が魔光。闇の力をもって冥府の主を祝福せよ!」
闇に浮かんだ光の法円は黒。打ち込まれた魔術方程式が力を現界に示し、円の中心から一筋の黒い光が放たれる。
左手を構え、『魔封じの刻印』を行使しようとした昇だが、黒光は昇のいる天井部に向けられる。直撃した光によって激しい爆音と共に天井が崩れ落ち、コンクリート片が降り注ぐ。
「くっ!」
それを避けるべく昇が横に跳ぶと、狙い済ましたように死を運ぶ影の白刃が、昇の顔面に走る。回避は出来ない事もない。しかし。
ズリュッ!
ピッ、と血が『死影』の顔に数滴かかる。それと同時に彼女は後ろに跳び退っていた。ほんの一瞬遅れて、凶悪な赤い光を帯びた昇の左手が、先程まで彼女がいた空間を掠めていく。