知人
知人の顔をした、別人の姿はもうない。
『固有結界』はすでに切れている。恐らく、これは『魔力』を高めるためのもではなく、『死影』の性格がもっとも色濃く反映させる結界なのだろう。不幸中の幸い、と言うべきか。これが切れると、『死影』としての自我が保てないのかもしれない。今回の撤退はそれが原因なのだろう。
赤く染まった自分の右腕から上着を取り払ってその場にしゃがみ込み、昇は傷の深さを確認する。ナイフに組み込まれた魔術方程式を介しての魔力の挿入は幸いにも行われていない。
ただ物理的に関して言えば、上着を巻いていたにも関わらずその傷は結構深い。しかも突いた際に捻りを加えた事で傷口を完治しにくくしている。
傷口を上着できっちりと巻き直し、ポケットにしまっておいた手袋を取り出し、それを口も使って左手にどうにか身に着ける。
「あとで、瑞樹に治療してもらうしかねえか」
よろよろとバランスを保ちながら昇はどうにか立ち上がる。
右腕の傷口を押さえ、欠けた月を見上げる。
「……こんなんで、俺はあいつ等を守りきれるのか?」
闇から返答が返ってくるはずもない。
三日月の光を背に、昇は頼りない足取りで歩み始める。
校舎から、一匹のカラスが音もなく飛び立った。